偉大なロックスターは短命だ。自分もきっと短い人生だろうと思っていたが、もう40を超えた───。ということは”偉大性”と”短命”の因果関係は”無い”ということが証明されたわけだ。
───なんてカッコつけたことを言っているが「短命なロックスターを5名挙げよ」と言われたら苦笑いしかできない。結局、こんな書き出しで記事を書いてみたかったというだけのミーハーな動機だ。
今も昔も「ミーハー」というものに奥深さは感じられない。上っ面のさらに表面だけを見て声色を変えている「移り気の早い群衆」がワイワイやっているだけのサマ…。地味を好み、マメに生きている私にはまったく無関係の群衆だ。
とはいえ流行やトレンドとはこんな群衆を集めすことで生まれ『カルチャー』化する。流行やトレンドに「無頓着ではいたくない」という思いがあるということは、紐解けば「ミーハーになりたい」という欲求もあるということか?「マメ男さんってお洒落ですね」と言われたい!(特に巨乳に…)。「トレンド=お洒落」という認識になっていることは甚だイタイ状態なのだが、こう言い放つことで自分を戒め「ミーハー」という群衆に馴染みたいのかもしれない。なんて天邪鬼────。
ドラえもんの道具_「本音吸出しポンプ」を使ってみる────。 ミーハーは良い。羨ましい。話題に尽きることなく、大勢とコミュニケーションがとれるリア充…。そんな姿に恋い焦がれ、憧れる。
『世界のキノコ』についてウンチクを披露できても、 コムラサキシメジについてその美しさや優しさを一晩中語れたとしても、それで大勢と触れ合える場などない。そればかりか確実に孤立が目に浮かぶ。
書き出しでカッコをつけミーハーをディスった投稿だが、書き進めると無い物ねだりの情緒不安定なオサーンの願望と嘆きの話に終わる。こんなナイル川のように蛇行するリーマンクリエイターの思考の行きつくところは何処なのだろう?『世界のキノコ』に次いで大変興味深い研究材料だ。