候補の中から絞り込むということ

このブログでは一人称を「私」と記載しているが「僕」の方が現状の自分に近しい感じがする。しかし40オーバーのオサーンが自分を「僕」というのは少々イタイか…。一人称の表現には「私」「ワタクシ」「自分」「俺」「オレ」「僕」「ボク」「ボキ」「小生」などいろいろ在るが、私にしっくりくるのはどれだろう。

「小生」は余りに謙譲が過ぎる。相手と対等かもしくは少し上の立場を理解しながら下手にでる「小生」という表現は、相手との立場の違いが明瞭ではじめて抵抗感が解消する。不特定多数に向けたブログで「小生」と唱えるのはオサーンの自尊心が警告を発する。

Google検索で、当ブログに思いもかけず辿り着いた中学生に40オーバーのオサーンが「小生」と語りかけ、コメントをもらって「ありがとうございます」なんて返信することにでもなれば、このシュールな絵面はきっと誰かを悲しませることだろう。
とはいえ、こちらの精神年齢は中2から成長がないわけで、対等にリプライ合戦が繰り広げられる可能性は否定できない。このような想像が脳裏をかすめ、優柔不断な私には判断でき兼ねてしまう。ストレスになるのも嫌なので「小生」は選択肢から早々に外すことにした。

「ワタクシ」は少し上品な言い回しだが、皮肉ネタの投稿などには ”ハナにつく”感じがイタイ。それよりもカタカナ表示がイヤラシい…。漢字だと「ワタシ」「ワタクシ」に違いがないし──。

「自分」は軍隊っぽい(もしくは西部警察)し、これに続く言葉は「不器用ですから──」って健(高倉)さんばりの低いトーンしか似合わない。

「俺」と「オレ」の違いは漢字、カタカナだけでなくイントネーションが違う。”オレ”は「オ」にアクセントがつく。田舎のヤンキーが自慢話をするときに使う「オレ」をあらわしているが、アクセントを説明している時点で文字表現には向かないものといえる。対して「俺」は『近藤真彦_ハイティーンブギ』を想像させるようで、40杉のオサーンが普段使いするにはちと抵抗がある。。

そうなると「僕」「ボク」「ボキ」が残るが、ここにきて「ボキ」を残していた自分に腹が立つ。なぜこんな人をバカにしたような一人称表現がここまで残ってきたのか。小学校のドッヂボール大会で、気づけばクラス1の運動音痴くんが1人内野に残って奮闘している光景を目の当たりにしたときの衝撃に近い。(さらに「ボキ」なんて表現は初めて聞いたけど)

「ボク」のカタカナ表示は「ワタクシ」とは違った品があるが、イヤラシさではドングリの背比べといった感じ────。

となると「私」しか残らず、今のままで行くことに決まった。

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